クリニシャン・サイエンティストへの道

EM Alliance フェスティバルが8月3-4日に横浜で行われます(EM Alliance 設立10周年に合わせて)。僕も色々とお世話になっています。小さなお返しとして僕の経験を話す機会をいただきました。


お題は”クリニシャン・サイエンティスト”。
”ビジネスマナー講師”のように、しっかりした定義も資格もないので自称で名乗っています(笑)。Wikipediaによれば ”a holder of a degree in medicine and science who invests significant time and professional effort in scientific research and spends correspondingly less time in direct clinical practice compared to other physicians” とあります。

一言で言えば、「科学に関する学位を持ち多くの時間・労力を研究に費やす(その代償として臨床時間と能力は犠牲にする)医師」みたいなもの。ちなみに研究も臨床も一流の医師ということではありません(それは内科も外科も一流の医者みたいなものでしょうか)(注1)。

米国ならば、50%以上の時間を研究に費やす(つまり自分の給料の50%以上は研究グラントで稼ぎ出す)医師というのが通俗的な定義でしょうか。

注1 著者は自分の給料の100%を競争的研究グラントで賄っていますが、臨床能力をぎりぎり落とさないために週末に臨床を入れています(月4-5回くらい).


よく聞かれる質問ですので、米国の医師がクリニシャン・サイエンティストに至る(典型的)キャリアパスを簡単に説明します (注2-3)。

注2:NIH (米国の医学研究では最大のfunder) にファンドされる研究者を例にしています。これは「主流」ですが、他にも研究グラントのはいろいろとあります(製薬会社主導の研究など)。

注3:以下はあくまで「きわめて順調」な例です。K グラント(トレーニング)をとるのに数年かかる、R01とるのに5年かかるなんて例はざらにあります。

1) まず、ほとんどの医学部卒業生は臨床のトレーニングを積みます。Residency training いわゆる研修医ですね。救急医学であれば多くは3年間。うちのようなアカデミックなプログラムでは4年間のところが多いです。いずれにせよ主眼は臨床のトレーニング。研究のトレーニングはその目的ではありません。

2) つぎにFellowship。サブスペシャリティー(例:集中治療)の臨床トレーニングをする期間となります。救急residency修了者でこの道を選ぶ人は半分以下。アカデミックなプログラムでは、ここに1-2年間の研究(の初歩の初歩)トレーニングが組み込まれていることがあります。この入門編の一環としてMPHなどを取る人が多いでしょうか。その間は臨床は週一回ほど。ここはNIH T32グラント(トレーニングプログラムがとる)でサポートされる場合がありますが、お給料は安いです。しかしここまで終われば臨床医として一人前。

3) ここから本格的なResearch Trainingが始まります。ここで5年以上はかかる例が多いでしょうか。職業研究者になるために学ぶことは(とっても)多いのです。ただし米国では奇特な人しか目指さないようですーなぜならせっかく臨床で独り立ちし、莫大な学生ローンを一人前の給料で払うチャンスを数年失うから。 
この期間の生活の糧としては、NIHのトレーニンググラント (K grant)をとるのが”理想的”とされているようです(たぶん)。K grantは研究費用は少ないですが、給料のサポートはそこそこ(注4)。臨床の時間は<25%に減らし、研究のトレーニングをみっちり行います。

注4: K grantのほぼ全ては永住権(いわゆるグリーンカード)または米国国籍取得者しか取ることはできません(一部例外あり)。

4) ここに至って、一人前の”clinician-scientist”となります。多くの場合は主任研究者としてR01グラントを取り (注5-6)、チームを率いて研究を主導する役割となります。質の高い研究を行うには多くの労力、時間 (職業生活の50%以上)、および継続的なチームが必要です。そのためにはお金が必要、ゆえにグラントを絶え間なく取り続けなければいけない。。。走り続け、かつ危機管理をしていかないとグラントが切れる。それはラボが消滅することを意味します。

注5:初めてのR01グラントを取る(一人前の研究者とみなされる)医師の平均年齢は45歳とのことです。。。R01グラントの採択率は約10%。優秀な人材がindustryに流れるのも頷けます。。。

注6:著者は変則的なけものみちで今に至っています(たぶん参考にならないので書きません)。

さらに、ここは米国特有ですが、clinician-scientistの給料は(基本的に)臨床勤務から出ます。つまり研究に時間を割くには、減らした臨床分は自力で外部資金により稼ぎ出す必要があります。例えば、臨床20%・研究80%のバランスの場合、臨床を80%減らした80%分は自力で外部グラントでカバーすることになります。僕らはこれを臨床を”buy down”するといいます。働き方にフレキシビリティーがあるのが長所、しかしその沙汰はマネー次第という不安定な仕組みです。


ここまで書いてきて、なんでこんな将来不透明なキャリアを選んでいるのかと我ながら疑問に思います。各研究者いろいろな要因があると思いますが、僕の場合は:
– 知的好奇心と発見の喜び
– 自分の興味とvisionによって職業生活をdriveできる自由
– 若く優秀なリサーチフェローから学ぶことができる刺激
の三つによるものが大きいかと思います。

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