アンラーニング・再考のサイクル

Think Againという良書について紹介します。
ベンシルバニア大学ウォートン校の組織心理学者、アダム・グラントによる最新作。処女作のGive & Takeもオススメです。

今年の僕の目標はunlearning。十年間の研究生活で身についた信念(またはサビ)を拭い去ること。成人教育においてunlearningはlearningより難しいかもしれません。

そんな課題を持つときに、心に刺さった本です。そのメインメッセージは、思考能力の本質は「考えることよりも考え直すこと」「強さより柔軟性こそにある」というもの。しかしながら我々の思考は身体よりもずっと早く柔軟性を失うのです。


三つの思考モードの罠

アダム・グラントは、我々は三つの思考モードを使い分けていて、それが再考を妨げていると主張します。つまり
1. 牧師モード:自分の信念を形成し、それを確固たるものにしようと「説教」する
2. 検察官モード:他者の思考の矛盾を指摘し、批判的に吟味する
3. 政治家モード:自分の思考・信念に対する他者の支持を獲得しようとキャンペーンを行う

それに対し、自らの思考を批判的に再考する科学者の思考モードの重要性を強調しています。 これは研究者の僕に反省を迫るものです。僕はどこまで牧師・検察官・政治家モードを使っているのでしょうか?研究者の仕事は、そもそも牧師的な(頑固な)信念がなければコツコツと研究を続けることができないし、他者に対してものを言うことができないです。検察官的な批評的視点がなければ考えることができない(検察官的な職業訓練も受けている)。政治家的に自分の仮説に支持を得られなければ、リソースを確保したり人を動かすことができない。そもそもこのような3つの思考をしたうえで「再考」があるのですが、どれくらい後者を行っているのでしょうか。


再考サイクルを起動せよ

再考を促すのは過信サイクル(自尊心に基づく)ではなく「再考サイクル」の重要性です。後者のサイクルを駆動するのは謙虚さ。ソクラテスのように無知を自覚することによって、自己の信念への懐疑の道が開かれ、そこから好奇心が生まれる。そして再考が促される。 ところが、謙虚すぎると自己肯定感が低くなり思考に対する確信を持てなくなる。そこで謙虚さと謙虚さのバランスが問題になリます。

ここで多くの人が確信と謙虚さの最適な均衡を獲得しようとする。しかしながらアダム・グラントは確信を「自分自身への確信」と「自分のやり方へのそれ」に分別すべきだと主張します。つまり自分自身に変革できる能力があるという自信を持つ一方、それを達成する手段については自問する謙虚さを持つ。ここに真の均衡点があると。


信念と価値観を区別せよ

もう一点、重要な主張があります。それは「信念と価値観を区別する」こと。我々は自分の主張や意見(「〜〜〜であるべきだ」)にもとづいて自らを定義する傾向があります。しかし信念と価値(「私が大切にする生き方の指針は〜〜〜だ」)は似て非なるもの。著者の言葉を引用します:

「アイデンティティを問う時、あなたの信念ではなく、価値観に基づいて自分を定義するべきだ。価値観とは、人生の中核となる原理である。それは優秀で寛容かももしれないし、自由で公正であることかもしれない。または安全・安心で誠実であることかもしれない。このような価値観を自分のアイデンティティの基底におけば、柔軟な心を保ち、視野を広げるための最善の方法を喜んで受け入れられるはずだ。 … 自分の信念や考え方ではなく、価値観によって自分を定義すれば、新しい根拠や証拠を踏まえて自身のやり方をアップデートする柔軟性を手に入れることができるだろう」 

後書きのまとめです:
「つまるところ、私たちが学ぶのは、自分の信念を肯定するためではない。学びの目的は信念を進化させることなのだ」

一生涯学ぶという価値観をもとに、再考サイクルを駆動させていきたいですね。

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