僕の今年のテーマは、視野を広げ、視座を高め、リスクをさらに取って違う世界に踏み出すこと。過去10年は自分たちの研究・後進の育成・NIH/自分の分野でのリーダーシップ発揮だけに集中してました。研究者(スペシャリスト)としての深みを出し、フェローの先生たちと知識を生み出し、科学を進歩させてきた。ほぼ休みを取ることなくトレーニングを続けるアスリートのような期間だったと思います。
先週は、盟友に推薦されたカンファレンスに参加してきました(単なる大人のサマーキャンプ?)。人生で過ごした1週間のうち、もっとも内容が濃く、刺激を受け、再考を迫られる期間だったかもしれません。カンファレンスのオーガナイザー、同期の友人たちに感謝は尽きません。以下に数点のまとめと反省を示します。
1. Be vulnerable—authentic leadershipと大いなる正午
正直に言うと、はじめは半信半疑で参加したこのカンファレンス。そもそも僕はきわめて内向的で知らない人と長い時間を過ごすのは苦手。「カンファレンスは苦痛かもしれない」と予期していました。しかしその誤解は大きく裏切られました。その要因の一つとして、多くの仲間たちがauthentic leadershipを発揮したことがあります。Authenticには「真正な」とか「本物」といった意味があります。Authentic leadershipは自分らしさを発揮し、自らの価値観に基づき、腹蔵のない人間関係を築くリーダシップ。一言でいえば、真心をもって人に接する、ということでしょうか。ちなみに、アメリカでこれを見ることは滅多にありません。アメリカでは伝統的に「強く自信に溢れたマッチョ」なリーダーシップが好まれてきました。正直に「弱み」を見せることは「自信のない敗者」とみなされるリスクが高く、危険な行為なのです。ぶっちゃけ、多くのアメリカ人は痩せ我慢しています(少なくともBostonにいるいわゆるエリート層は)。逆に日本では、自分の価値観をしっかりと持ち、それを包み隠さず打ち出すことが難しいのかもしれません。ゆえにどちらの国でもauthentic leadershipを発揮するのは簡単ではありません。実際に、大人になると無駄なプライドがのしかかり、社会の価値基準(「ナントカ大学教授」とか)に縛られ、初対面の人に裏表なく接するのは難しいですよね。
まずは自分の弱みを認め、価値観と肚を曝け出す勇気が必要です。僕が心酔するFriedrich Nietzscheの哲学にも「大いなる正午」という重要な概念があります。
『ツァラトゥストラかく語りき』(河出文庫版)のラストシーン:
「これはわたしの朝だ。わたしの日がはじまる。さあ昇れ、昇って来い、大いなる正午よ!」
これは、世の中のすべての意味付け・価値観・常識が強烈な光によって照らされることによって消え去った世界。自分も世界も裸である本来の姿を見出す、という体験です。ここでは社会の価値観・ドグマ・善悪の彼岸で、本来の自分として他者と接することになります。
Action plan #1: Vulnerableであれ。僕らはすでに裸である。真心で接せよ。
2. Definition of success—道
強烈に刺さったレクチャーがありました。それは「弓道」について。日本人の視点から見ると、極端な「道」の考え方は精神論・根性論につながる弊害があることは僕も理解しています。しかしながら、アメリカに長く住み、ゴールを合理的に追求し、そのプロセスをゲーム化し(アメリカかぶれと言える)、誰よりも上手くプレーしてきた自分に強く反省を迫るレクチャーでした。
一つの世界にいると、やもするとその世界のゲームのルールに局所最適化する危険があります。たとえば、
– 受験業界では、***高校 → 東大理三 → (一昔であれば)東大医学部の教授
– 現在の就職業界であれば、外資コンサル・googleに就職(僕の大学生時代の人気就職先は、テレビ局、メガバンク、JTB。若い人には信じられないでしょうが、流行りすたりとはそんなものです)
– 僕のいるアカデミアであれば、Harvard/MGH → NIHグラントを取り(これは病院に多くのお金が入るので、大学病院が昇進というエサを使う)→ 教授への階段を登る
といったところでしょうか。基本構造は同じです。ゲームに局所最適化した”a narrow definition of success”を追い求める構造です。一言でいえば「世界が狭い」ってやつですね。
とくにアメリカにいると(最近の日本も多くなってきました)、他人がどこかで描いたキャリアゴールを目指し、それに向かって既存の攻略マップを合理的に進んでいくという考えが「正攻法」とされています。しかし、僕らの人生はそんなちっぽけで浅はかなものなのでしょうか。逆に、歩んでいくプロセス自体を丁寧に磨いていくこと、それが自分の心と人生の価値を深めることになるのではないでしょうか。
弓道の目的は的に矢を当てることではありません。真・善・美を目指すことです。また結果的に —非合理的ですが— そのプロセスを正しくすることで矢は勝手に飛んでいき「正射必中」するのです。
Action plan #2: ゴールを狙うゲームをするな。プロセスに心を込め、真・善・美を目指せ。
3. Impact—新しい価値
今年のdelegatesで医者は僕だけ。他の約40人の参加者はビジネスマン・哲学者・官僚・NPO経営者・ジャーナリスト・芸術家といった多彩な顔ぶれ。カンファレンス当初は、科学者からみるとフワッとした曖昧な文化的・政治的議論に違和感を感じました。しかし議論が深まるにつれ、一つのテーマが浮かび上がってきます。それは、分野は違えど「自分たちが新しい価値を生み出すことによって、日本・米国、そして世界をより意味のあるものにしたいという」という共通した想い。その想いがあったからこそ一体感が生まれたのでしょう。もちろん医者・科学者として目の前の患者にしっかり向き合うこと、研究のdetailsを突き詰めることは大事。それと同時に、視座をあげ大きなimpactを求める気持ちと行動を忘れてはいけない。
Action plan #3: 蛇の視点も大事だが、視座も上げよ。僕らなら世界に新たな価値を加えることができる。