尊敬する知人から何冊か本を紹介いただきました。
臨床勤務続きで体がキツかったので、昨日は研究でなく読書のインプットの1日としました。
そのうち読んだ二冊について、とても勉強になったので簡単な紹介と感想です。
まずは、
西浦博 『理論疫学者・西浦博の挑戦-新型コロナからいのちを守れ!』 中央公論新社
COVID-19のパンデミック最前線において、過去培ってきた研究力を存分に発揮した疫学研究者(「8割おじさん」)のドキュメンタリー。もしクラスター対策班がいなかった場合の世界線と現実世界の比較(反実仮想因果推論)を考えれば、西浦先生をはじめとする研究者および関係者の知恵・経験・努力が多くの人命を救ったことはほぼ自明です(もちろん、僕の友人、僕と妻の家族を含めた第一線の医療者も含め)。その他にも科学コミュニケーション、リスクコミュニケーションの難しさ、政治家・官僚との折衝、尾身先生の人間性など読みどころは満載です。
個人的には、西原先生から研究者としての矜持をひしひしと感じました。
西浦先生は最後の文章を研究者に響くであろう一文で締め括っています:
「僕が今、大学に戻っているということは、えぐいくらいの研究を粛々と返していくことしかないんだろうなと思って、作業しています。
そして、それは僕が自分の能力を最も社会的に発揮する手段だと思っています。」
襟を正して読みました。
次はビジネス書。
入山章栄 『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』 日経BP
以前の記事で紹介したようなドラッカーのように実践に特化し、世間の経験的実証をくぐり抜けて生存してきた古典的ビジネス書(註1)とはやや一線を画しています。本書は研究者が経営学の最近の知見を紹介している(実践・結果につながることが立証されているところまではいっていない?)というのが特徴となります。いろいろと勉強になりました。
紹介がなければ、このタイトルからでは買わない一冊でした。なぜなら「世界最ほにゃらら」「世界一のなんちゃら」は著者が研究者であるならばプライドと職業倫理に賭けて口には出せない言葉だから。科学の営みとは「不知の知」そして「自分の知見は積み石となり、時に崩され乗り越えられていく」ことであり、これらのタイトルはまともな研究者がつけるものではないです。これらは医者であれば「俺の手術が世界一」「俺流治療こそ究極」と宣伝しているのと似ています(マーケーティングとはいえプロとして超えてはいけない一線がありますよね)。
タイトルについての文句はさておき、内容は勉強になりました。以下に印象に残った文をいくつか抜粋します。
競争の型に対応する競争戦略ついて
「チェンバレン型… 差別化しながら競争することが前提になっているので、その差別化する力を磨いていくことこそ、各社が重視すべき戦略… 技術・人材などの経営資源に注目するRBVに基づく戦略が必要」
「差別化戦略をとって新奇性の高いビジネスモデルを持つ企業がもっとも企業価値が高い」
イノベーション理論としての「両利きの経営」
「まずは経営者自身が知の探索を怠らないこと… イノベーションの出発点は知と知の新しい組み合わせであり、それには知の探索が欠かせない」
「一方、組み合わせたちが収益性のあるビジネスになりそうなら、当然それは副掘りする必要がある。これが、知の深化…」
「アーキテクチュラルな知を高めるために大事な点があります。それは、最適な組み合わせを見出し、まとめあげる力です… そのための組織デザインが重要」
組織の学習力を高めるには
「この探索した知をどう活用して学習すべきか。その第一歩は情報の共有化です」
「組織に必要なのはWhatではなく、Who knows whatである」
「組織の情報共有で重要なのは、組織の全員が同じことを覚えていることではなく、組織の誰が何を知っているかを、組織の全員が知っていることである」
トランフォメーショナルリーダーとは
「4つの資質から構成されます。
1)組織のミッションを明確に掲げ、部下の組織に対するロイヤリティーを高める
2)事業の将来性や魅力を前向きに表現し、部下のモチベーションを高める
3)常に新しい視点を持ち込み、部下のやる気を刺激する
4)部下一人一人と個別に向き合いその成長を重視する」
(これはドラッカーの言っていることとほぼ同じですね)
イメージ型の言葉、コンセプト型の言葉
「イメージ型の言葉とは、まさに後継や映像が浮かんだり、あるいは臭い、音などのイメージまでも伝わったりするような言葉です。感性・五感に訴える言葉と言ってもよいでしょう。それに対して、コンセプト型の言葉とは、人の論理的な解釈に訴える言葉です」
「イメージ型の言葉は、相手にビジョンを浸透させやすい」「メタファー、相手の五感に訴える言葉を使う傾向」
勉強になりました!
註1:半世紀以上も読み継がれる古典には本質的な理由があると思います。とくにドラッカーは経営書・ビジネス書の範疇を超えた哲学があります。
例えば「そもそも自らをマネジメントできないものが、部下や同僚をマネジメントできるはずがない」という根本原理であったり、
「人生には、成果をあげるエグゼクティブになることよりも高い目標がある」という言葉です(ともに『経営者の条件』より)。