マルチオミクスデータと個別化医療

12月20日に”高次元オミクスデータを用いた臨床研究と個別化医療の未来像”という題で、PCR connectという会で発表する機会をもらいました。
日本プライマリ・ケア連合学会、American College of Physician(米国内科学会)日本支部、日本臨床疫学会の合同セッションでこのような機会を与えてもらったのはうれしく、日本での臨床研究においてはこのような個別化医療に関する研究は、まだ少ないと思うのでこの分野のbig pictureを話せればと思います。
PCR Connect
PCRCプログラム(12月20日(日)のプログラム)|PCR Connect

それに関連するんですが、以前の週間医学界新聞(医学書院/週刊医学界新聞(第3387号 2020年09月14日))で少しコンセプトを説明していたマルチオミクスデータに機械学習を用いた論文がpublishされ、Journal of Allergy and Clinical Immunologyというlaboのtarget journalに載せることができました。Freeで読めるようになってます。

Integrated-omics endotyping of infants with rhinovirus bronchiolitis and risk of childhood asthma
Integrated-omics endotyping of infants with rhinovirus bronchiolitis and risk of childhood asthma – Journal of Allergy and Clinical Immunology

これまでの古典的な疫学は環境因子のexposure (e.g., 喫煙、薬剤、家族歴)とoutcomeの関連を研究するものでした。近年、systems epidemiologyというその間にある生物学的メカニズムとマルチオミクスデータを用いた解析(systems biology approach)を利用した疫学領域が提唱されています。この領域は1個人からゲノム, トランスクリプトーム, プロテオーム, メタボロームといったマルチオミクスデータが手に入る時代に入り急速に進歩してきています。腫瘍学や呼吸器といったspecificにその臓器検体をとってこれる分野で特に発展してきている感じがします (あくまで個人的な印象ですが、、)。

今回、我々は4つのデータ (臨床データとウイルスデータ、鼻咽頭のマイクロバイオーム、サイトカイン、メタボロームデータ)を用いてclusteringを行いました。Association, (factual) prediction, counterfactual predictionとしてのcausal inference主体の研究(*注)がhypothesis-driven researchと呼ばれるのに対して、この研究はdescriptionが目的でdata-driven researchと呼ばれます。データそのものの中から、機械学習を用いて生物学的に特徴のあるいくつかのパターンに分けていくものです。詳しい内容はぜひ論文を読んでみてください。ここでは何故このような研究が重要視されてきているのか説明したいと思います。

1つの疾患の中には多様で異質な生物学的メカニズムが隠れていることは臨床でも臨床経過の様々なパターンなどから感じることではあります。私は膠原病内科医もしていましたが、生物製剤1つ取っても様々な種類があります。もちろんランダム化比較試験などでのエビデンスなどはありますが、あくまでstudy populationの中でのaverage effectです。目の前の患者さんにどの種類の生物製剤が第一選択であるのかを、その人の背景にある遺伝的背景や免疫学的背景などを考慮して個別化医療の形で提示するのは今の時点では日常診療としてはできていません。現行の診断基準では、その背景にある生物学的特徴で分類されたサブタイプに分けることが困難ですが、今回のようなマルチオミクスデータを用いることによって、似た生物学的背景を持つ集団を1つのサブタイプとして、それぞれ独立した複数のサブタイプに分けていくことが可能になります。そうすることで、以下のような将来的な応用が考えられます。

1)生物学的特徴により分類されているので、それぞれのサブタイプに応じた治療法を提示できる可能性 (個別化医療)

2)ある特定のサブタイプが高リスクグループであるならば、そのサブタイプを対象にした臨床試験を行える可能性

3)サブタイプが生物学的特徴により分類されているので、その生物学的特徴に関連したタンパク質(例. サイトカイン)などをターゲットにした薬剤開発の可能性や既存の薬剤の他の疾患への応用(drug repositioning)

もちろんすぐに完成される分野ではなく、この先何十年とかかる研究分野だろうと思いますが、今後の大きな医学研究の流れではあると思います。今後の方向性も非常に気になりますし、descriptionのみならずheterogeneity of treatment effectといったcausal inferenceの部分にも今後は繋がっていくのではと考えてます。

以下にこのsystems epidemiologyのアプローチに関してよくまとまっているreview articleを紹介しておきます。
Systems biology and big data in asthma and allergy: recent discoveries and emerging challenges – PubMed

From systems biology to P4 medicine: applications in respiratory medicine – PubMed

Emerging Role of Precision Medicine in Cardiovascular Disease – PubMed

Prognostic and predictive enrichment in sepsis – PubMed

*このあたりの言葉の使い方は細かいですが、奥深い部分があります。またいずれ説明しますが、counterfactual predictionとしてのcausal inferenceと理解するとtargeted maximum likelihood estimationなども概念としては比較的理解しやすいのでは。

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