研究留学を成功させるには?留学の準備とラボの選び方

昨日、日本救急医学会総会での教育講演の機会をいただきました。
与えられたタイトルは「米国での臨床研究」という大きなものだったので、話をフォーカスし若い救急医の先生方に興味を持ってもらえそうな話題にしました。それは「研究留学を成功させるにはどんな準備が必要?」「どのようにラボを選んだらいいか?」ということ。それらをこの記事で簡単にまとめます。

まず視点ですが、僕は「研究留学」を目的にアメリカに来たわけでなく、臨床レジデンシーをしているうちにそのまま居座ることになり、意図せず研究にのめり込んでいった珍種です。ですので「研究留学」自体を体験したことはありません。すなわち、これはリサーチフェローのメンターとして・Fellowship Directorとしての視点となります。逆に珍しい視点ですので、みなさんの役に少しは立つかもしれません。


その壱:研究留学を成功させるにはどんな準備が必要?
2ー3年間の研究留学は大きな投資です。人生の数年という時間、その期間に稼げたであろう収入(機会コスト)、さらに生活費もバカになりません。それだけの投資に見合うリターンを得たいですよね。そのためにはしっかりと準備をすることが大事です(1-2年の準備は必要か?)。以下が、考慮すべき5つの要素になります。

  1. 家族・職場の理解:インタビューで必ず聞きます。これは必要条件だと思います。独身の方は別として、そもそも家族の理解・サポートなしに留学はできません。さらに、留学後に活躍できるような職場環境を整えておくこと、職場のボスへの根回し(ステークホルダー・マネジメント)は大事です。留学して帰っても活躍の場がないというのが、僕の一番の心配事なので(お節介なぼくは卒業後のキャリア・アフターサービスをしてます)。卒業生には幸せに活躍してほしい、というのがメンターの一番の願いなんです。

  2. 研究実績:実績はあるに越したことはないです。よちよち歩きでもいいので論文を数本書いている(およびグラントをとっている)経験は必要です。困難だった体験や自分なりの課題を持って留学すれば、それだけ学びが多く・深くなります。書いた論文の質はもちろん高ければ高いほどいいですが、そこまで気にしません。

  3. お金(できればグラント):お金はゴールではありませんが、大事なツールです。とくに円安・アメリカのインフレ下ではかなりの生活費がかかります。家族連れの場合は、ボストンだと年に1,000万円というのが目安のようです(カリフォルニアやニューヨークならもっと高い)。一般的なMBAの学費は1,000万円弱くらいですから、同じような投資なのかもしれません。とにかく、研究に集中することがゴールですから、お金や生活の心配は少なくしておきたいものです(他に苦労することがいっぱいあります)。理想を言えば、留学助成金やグラントをとってくることです。それ自体が練習と実績になりますし、採用側もそのよう準備をみているものです。

  4. 英語力:TOEFLでいえば100点以上を目標にしてください。そもそも一流大学院ならばここらへんが足切りです。どこのラボでも英語が共通語ですから、学びを最大化するためには英語力が必須です。さらに研究者として生きていくなら、十分なspeakingと(きわめて)高いwriting能力・論理構築力が必要です。「英語力は留学してから伸ばせばいい」と思う方もいるかもしれません。しかしこの願望はうまくいかないというのが僕の経験です。留学前から英語力の低い人はそのまま伸び悩みますし、英語力の高かった人だけがさらに伸びていく傾向です。

  5. 自分だけの武器:これは他のラボとはちょっと違うかもしれません。キャラ重視採用の当ラボですが、「何か違うものを持ってくる」というのを採用基準の一つにしています。なぜなら、ラボメンバーと同じような武器・文化・考え方を持っているだけならば、僕らがその人から学べることはないから。結果、当ラボでは救急医学出身のフェローは過去に1人だけ、全員のスペシャリティーが違う・施設も国籍もバラバラになっています。もちろん、均一(例:ラボ全員が日本人の救急医)にしたほうがコミニケーション・コストは減って簡単なのですが、異質なものの組み合わせこそがイノベーションと競争優位性の源泉なのです。

以上の5点となります。これらを準備しようとすると、少なくとも1ー2年はかかりますよね。


その二: どのようにラボを選んだらいいか?
これは重大な問題です。ハーバードに留学しても、書いた原著論文が一本(もしくはなし)で終わってしまう、というケースは多々あります。どのラボに入り、どのメンターに学ぶか、というのが決定的な影響を及ぼします(個人の努力はもちろんです)。ラボ選びで考慮すべき5つの要素が以下になります。

  1. 研究の内容(たとえば対象疾患):これはあまり大事でないような気がします。もちろん、基礎、臨床、ヘルス・サービス研究といった大区分だけはしたほうがいいです。というのも、研究という営みは分野を超えた共通部分が多くあります。たとえば、プロとしての働き方、グラントの取り方、研究のオペーレーション・マネジメント、リーダーシップ、ネットワーキング、論文の書き方。これらは研究分野を超えて必須のスキルであり、将来どこにいっても役に立ちます。対象疾患はなんでもいいから、一流のラボに行って、世界トップのレベルを体感することがより大事だと思います。僕の願いも、研究を通じてプロの働き方と仕事の水準を身につけてもらう、ということです。

  2. ラボの文化:ラボによって雰囲気は違います。某チャニングのように「フェロー同士がみなライバル」みたいな競い合うラボもあれば、うちのようにチームプレー重視なラボもあります。文化とのフィットはとても大事。これは卒業生やフェローに聞いてみましょう。

  3. フェローの仲間:これも同様ですね。フェローたちは長い時間苦楽を共にして「同じ釜の飯」を分かつ仲間になります。ここのフィットは大事です。

  4. 場所:世界は広く、アメリカといってもいろんな場所があります。街の治安がいいこと、日本食が手に入りやすいこと、日本人コミニティーがあること、学びやネットワーキングの機会が多いこと、あたりは大事な変数になると思います(とくに家族連れの場合は)。家族が街になじめないと留学を中断・帰国するということもありえます。

  5. メンター:これがもっとも大事です。優れた経験あるメンターなしには、いくら優秀でも・統計解析ができても・プログラミングができても、研究者としてのキャリアを築くことはできません。僕の今があるのは素晴らしいメンターたちに恵まれてきたから。メンターの重要性は以前のブログ記事にまとめています。学会での質問にありましたが、優れたメンターを見つける二つの要素は:  

    • 研究室に在籍するフェローが活躍している(量・質ともに優れた論文を書いている、グラント獲得の実績をあげている)  
    • 研究室の卒業生が活躍している(研究に限らず)

    となります。メンター自身が「有名である」とか「SNSでフォロワーが多い」あたりは参考にならないはずです。なぜならメンタリングのゴールはメンティーの活躍であり、その指標が以上の2点だからです。あともちろん、メンターとの相性も大事ですー優れた研究者はえてして特徴的(クセが強い)ですからね。

以上、フェローシップ主催側からみた研究留学を成功させるための準備のコツとなります。研究留学する先生方には異なった見方もあるはずですので、それは書籍や医学界新聞の記事などを参考にしてください。

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