臨床研究のハードル

ボストンは夏も終わり、朝晩は冷え込み、街中でハロウィンのパンプキンの飾り付けを見かけます。シナモンの香りがどこからともなく鼻をくすぐり、(カフェが多いから?)私にとってはボストンで迎える3回目の秋です。個人的にはボストンで一番好きな季節です。

臨床を離れ、大学院進学と留学をしているうちに4年半も経ちました。そろそろ臨床医に戻る時期が近づいてきましたが、今後もできる限り研究を続けていきたいと思っています。

私が最初に論文を書いたのは、卒後4年目の外科専門研修中でした。恩師の1人である肝胆膵外科の先生が、当時臨床研修で頭がいっぱいだった私に今後の道を開くきっかけをくださいました。定期的に学会で発表し、論文を書くことで世界に自分の仕事を発表することも医学に携わる医師として大事な仕事であることを教えてもらいました。といっても堅苦しい教えではなく「いろいろな地域の学会に行くとおいしいお酒が飲めるから、演題を出そう」なんていう魅力的な言葉に私はまさに惹きつけられたわけです(笑)。当時、成人症例の手術の研鑽を積む日々だったわけですが、多忙な勤務の合間でも、臨床で経験した興味深い症例を発表することから始め、それを繰り返すうちに習慣化できていることを自覚できました。恩師の指導を受けながら、英語で論文を出版することもでき、それは初めて感じる達成感でした。おかげで、その後小児外科医となってからも研究や論文化の重要性についての認識を持ち続けることができたのです。しかし、症例報告からステップアップしてサンプルサイズが大きくなるような研究に関わる段階になると、当時の私には疫学や統計の知識が無く、教科書(これもどれを選べばよいかよくわからなかった)や過去の論文を読みながら研究を進めるわけですが、正直なところやっつけ感が強く、どの解析法を選択してどのように解析したらいいかもわからず大きな壁にぶち当たってしまいました。一方で、私の小児外科医としての臨床研究への思い(過去記事)は募るばかり。しかし、そこで、私はまたも幸運にも大学院生として臨床疫学を学ぶ機会に恵まれました。

教授やメンターの先生は、ド素人の私を温かく育ててくれました。私が考えた研究計画を受けて、一緒に考えながら実行可能な計画に落とし込んでくださり、手を動かすこと(研究すること)の面白さと大切さを、実践を通して伝授してくださいました (オン・ザ・ジョブ・トレーニング)。
研究計画に沿ってどの解析が必要なのか、そして解析ソフトの操作法をひとつひとつ学んでいったのですが、自分で解析ソフトを回し、その解析が走ると…?楽しい! そして結果を得てそれを解釈する(あるいは仮定が正しかったことを証明できる)。この一連の過程を繰り返し、臨床研究の最初のハードルを越えさせてもらいました。ひとつ疑問が解決しハードルを越えると次のリサーチクエスチョンが生まれました。

その経験を通して、私は、「臨床研究に強い興味もあるし、本やwebページで勉強して多少の知識はついたけど、それを自分の研究にうまく落とし込むことができない人って多いんじゃないか?」「多くの書籍があふれているし、忙しい勤務の中でそれをうまく取捨選択するのは難しい」と思い、こうした臨床研究に対する多くのハードルをクリアできるようなセミナーがあったら多くの人に役に立つのではないかと考えました。

そして、さかのぼること約3年前、この思いはラボのメンバーに共通であることを共有し、それを具現化するために上司と一緒に“臨床研究セミナー”を開きました。

このセミナーはおかげさまで想像以上の好評を頂き、ついに…書籍化することになりました!本書は、1日のセミナーではカバーできない内容も補足してセミナーの内容がさらにパワーアップしたものになっています。興味深いコラムも加えて、見やすさ+読みやすさにこだわりました。

医療統計、データ解析しながらいつの間にか基本が身につく本〜Stataを使ってやさしく解説

統計に苦手意識があるという方も、研究に必要なことだけを厳選してありますので心配いりません。自ら手を動かして解析すること、そしてひととおり臨床研究の実践を経験しよう、というのが本書の趣旨です。セミナーが元になっている書籍ですが、セミナーのように講師がついてフォローすることはできないため、解析で躓きやすいポイントを押さえてとても丁寧に手順が書かれています。
詳細な疫学用語の説明や、数式などはあえて大胆に省きました。そこは他書に任せて、本書では、まずは研究・解析において自分で実行できることの楽しさや自信がつくことを実感してもらえればと思っています。つまり、「私が初学者だった頃にこんな本があったらな」と思えることを目標にしました。恥ずかしながら、私がχ二乗検定もt検定の違いも分からなかった頃、「因果じゃなくて関連」とか、「P値なんていらない、信頼区間が重要だ」なんて言われてもちんぷんかんぷんだったわけで、そうしたことを思い出しながら執筆しました。さらに、この本では、サンプルデータ*をダウンロードして、模擬的に自分で臨床研究ができます。オン・ザ・ジョブ・トレーニングが実現可能です。まずは本書の内容に沿って実際に手を動かしてみていただけると幸いです。「あれ?意外に簡単に多変量解析ができた」「生存時間解析もできた」などを実感できるはずですので、本書を読む前と後では、違った世界が見られるのではと自負しています。臨床研究へのハードルを少しでも低くすることができたなら本望です。

私自身も執筆を通して、多くの先生方にご意見をうかがいながら、理解不足であった点に気づくこともできましたし、わかりやすい説明をするように心がけることで頭の中が整理され、自分の研究への応用の可能性を感じることができました。次回作へ向けて、忌憚のないご意見お待ちしております。

本書をきっかけに臨床研究のすそ野が広がり、多くの方々が発展的に臨床研究を継続できるようになれば、とても嬉しいです。

*統計ソフトStataは持っていなくても、無料体験版をダウンロードして実行できるようになっています。

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