Inputとknowledge gap

IntroductionとDiscussionは書くのが難しいです。英語の表現に加えて、どうやって論理を展開するか?にいつも頭を悩ませますが、最近痛感していることは、inputが足りないということです。

論文を書く時には必ずclinical question (hypothesis)があって、自分の仮説に合致する論文が無い場合、自分の論文がそのknowledge gapを埋めるのかどうか?を考えます。Knowledge gapはいわばその研究領域で足りないパズルのピースですが、時間が経つことに刻一刻と変化するパズルの中で、その論文は既にあるピースなのか、どことも繋がらないピースなのか、それとも綺麗に橋渡しをするピースなのかを見極める必要があります。その論文のresearch fieldを俯瞰した際に一体この論文はどこに位置しているのか?Inputが少ないとパズルの中でどの欠けたピースになりうるのかが明確でないので、自分の研究結果のストーリーを優先させて、理由が後付けになりがちです(hypothesis driven vs.data driven)。そして自分のデータを優先させた貧弱な議論しかできなくなって、introductionやdiscussionで苦しむ事になります。

どうしてもlarge databaseを扱うとdata drivenになりがちですが(よく言われます)、良いアイデアを生み出すのはやはりその分野における臨床医もしくは研究者としての豊富な知識と疑問に思う心であり、いい臨床医はいい研究者になりうるのだろうと思います。

こういう視点でみると抄読会やジャーナルクラブというのは中々難しいものだと感じます。読んだ論文を発表させられるであろう多くの初期研修医は臨床も研究の経験もないので、そのbackgroundを知りません。なのでその論文がどこに位置するか分からず、数字のインパクトだけを追う事になりがちだからです(もちろん新しい論文が出たことを紹介するだけでも情報のup to dateという意味で価値はあるのですが)。

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